国税当局の富裕層に関する情報の集め方と税務調査の実施状況

富裕層は一般の納税者よりも納税額が多く、様々な方法を用いて節税を行うことから、国税当局は富裕層に対して積極的に税務調査を実施しています。
本記事では、国税当局が富裕層の資産等を把握する手段と税務調査の実施状況について解説します。

富裕層の定義

富裕層の定義は明確には規定されておらず、世間一般の富裕層の範囲と、国税当局が富裕層としている範囲は異なります。

一般社会で富裕層に該当する世帯の範囲

日本で保有資産規模の大小を区分する場合、野村総合研究所(※)が定めた基準を用いることが多いです。
野村総合研究所は、純金融資産保有額に応じて世帯を5段階の階層に分類しており、富裕層に該当するのは純金融資産保有額1億円以上5億円未満の世帯です。
「純金融資産保有額」とは、預貯金や株式、債券・投資信託などの金融資産の合計額から不動産の購入に伴う借入金等の負債を差し引いた額をいい、2021年時点では日本に139.5万世帯の富裕層が存在します。
純金融資産保有額5億円以上を有する「超富裕層」は日本に9.0万世帯おり、富裕層と超富裕層が保有する純金融資産364兆円は、全体の22%を超えます。

※出典:株式会社野村研究所

国税庁が定める富裕層の範囲

国税庁は富裕層に該当する保有額等の金額基準は公表していませんが、有価証券・不動産等の大口所有者、経常的な所得が特に高額な個人などを「富裕層」と位置付けています。
有価証券・不動産等の大口所有者や、特に高額な経常的所得を得ている個人に該当するかは、国外財産調書および財産債務調書の提出要件が指標となります。
「国外財産調書」は、その年の12月31日において、その価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する非永住者以外の居住者に該当する場合、提出が義務付けられている調書です。
富裕層の中には国内財産を海外に持ち出すことで、課税を回避する手法が用いられることもあるため、5,000万円を超える国外財産を有する方は国外財産調書の提出が義務付けられています。
「財産債務調書」は、その年の所得金額が2,000万円超で、かつ、その年の12月31日において預金や有価証券、不動産等の財産が3億円以上の財産または1億円以上の有価証券等を有する者が提出する調書です。
令和5年分以後の財産債務調書については、その年の12月31日においてその価額の合計額が10億円以上の財産を有する居住者についても、財産債務調書の提出義務者に該当します。
国外財産調書と財産債務調書の要件を満たす人は、有価証券・不動産等の大口所有者や、特に高額な経常的所得を得ている個人に該当することが見込まれるため、国税当局から富裕層としてマークされている可能性が高いです。

国税当局が富裕層に税務調査を積極的に実施している理由

富裕層に対して積極的に税務調査が行われるのには、2つ理由があります。
一つ目は、財産や所得を一定以上保有している方は、大掛かりな税金対策を行う傾向にある点です。
所得が多ければ納税額も増加しますし、資産を海外に持ち出されると国内よりも調査が行いにくく、タックスヘイブンに資産を持ち出すなどの事例も発生しています。
二つ目は、国民が富裕層に対して調査を適切に実施しているのか、厳しくチェックしている点です。
高額な脱税はテレビや新聞で取り上げられるなど関心が高く、富裕層に対して調査が実施されていないと、一般の方々の申告・納税に影響が出ることが懸念されます。
これらの理由から、国税当局は富裕層に対しての税務調査はもちろんのこと、租税回避行為を防ぐために国外財産調書や財産債務調書の提出を義務付けるなど、富裕層に関する情報収集にも力を注いでいます。

富裕層に対して行われている税務調査の事績

国税庁が公表している「令和3事務年度 所得税及び消費税調査等の状況」によると、令和3事務年度において富裕層に対して行われた所得税の実地調査件数は、2,227件(前事務年度 2,158件)です。
新型コロナウィルス感染症の影響もあり実地調査件数は以前よりも減少していますが、1件当たりの申告漏れ所得金額は過去最高の3,767万円と、前年2,259万円より1,500万円以上も増加しています。
所得税の実地調査全体(1,613万円)の対比では2.3倍となっていますので、富裕層の税務調査では多くの申告漏れが指摘されています。
1件当たりの追徴税額は1,067万円で、こちらも過去最高額です。
前年比(543万円)では1.96倍、所得税の実地調査全体(323万円)と比較すると3.3 倍の追徴税額が発生しています。
また、海外投資等を行っている「富裕層」への1件当たりの追徴税額は2,953万円で、所得税の実地調査(特別・一般)全体の323万円の9.1倍となっています。

富裕層の租税回避を防ぐために国税局が行っている対策

国税当局はあらゆる対策を用いて、富裕層の租税回避行為の防止や不正の実態を把握しようとしています。

法令の改正・新設

納税者が法律の範囲内で行う節税手段は合法であることから、一部の富裕層は法律の抜け穴を利用した税金対策を講じることがあります。
法律の抜け穴を利用しての節税は国税当局が想定していない節税方法であるため、法令の改正や制度の新設により抜け穴を随時塞いでいます。
近年では海外に資産を移転することで租税回避するケースが増えていることから、海外関連の法令は毎年のように改正されていますが、税制改正は一般の方も影響が及ぶものですので、節税する際は顧問税理士等に最新の税制情報を確認するようにしてください。

重点管理富裕層PTの設置

重点管理富裕層PTは、富裕層のうち特に高額な資産を有すると認められる納税者を管理・調査企画するために、各国税局に設置されたチームです。
国税当局は通常、納税者の情報を税目ごとに情報を管理していますが、富裕層PTは法人課税部門や個人課税部門が保有する富裕層の情報をまとめて管理します。
重点管理富裕層PTが設立したことにより、今まで把握できなかった租税回避に関する情報を集約できるようになるだけでなく、チームで協力しながら税務調査を実施することで調査の精度向上を目指しています。

資料・情報収集の強化

国税当局は税務調査や確定申告書だけでなく、下記の方法を用いて富裕層に関する資料や情報を集めています。

<富裕層に関連する資料・情報を収集する手段>

  • 法定調書
  • 国外財産調書
  • 財産債務調書
  • CRS情報の自動的情報交換
  • 租税条約等に基づく情報交換
  • 多国籍企業情報の報告制度

法定調書は事業者等が提出する書類で、国外送金に関する情報も法定調書として金融機関から提出されています。
国外財産調書は提出しなかった際の罰則規定が設けられており、財産債務調書については提出せずに税務調査を受けた場合には、過少申告加算税等の税率が5%上乗せされます。
また、外国の金融機関等を利用した国際的な脱税や租税回避に対処するため、租税条約等に基づく情報交換だけでなく、共通報告基準(CRS)に基づく自動的情報交換も行っています。
一昔前までは国税当局が海外資産等に関する情報を入手する手段は限られていましたが、現在は海外関連の情報も収集できるようになっているため、海外に資産を持ち出すだけで租税回避ができる時代ではありません。

まとめ

税務調査は富裕層ほど対象になりやすく、事業規模や利益の大小によっても調査を受ける確率は変わってきます。
国税当局は色々な手段で資産等の情報を把握していますが、一般の納税者についても情報を収集されており、申告漏れや申告誤りが判明すれば税務調査で指摘されますので注意してください。

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